すたじおでピラティス、また昨年6月から始めたZoomでピラティス。 ご参加の皆様へ、「自分自身のトレーニングの為に、その時間の為に時間を作ってトレーニングを続けられているかというと、そうではないかも知れない」「ならば、日々の生活の中で、「よしこれをやろう!」という気持ちになった時に、出来る何かを持って、それをコツコツと行う」「そして、行いをカレンダーに記載する」と、お伝えをさせて頂いております。
続けられている方と、続けられていない方、いらっしゃるようですが、それは強いることは無理なことです。 からだはその人自身なのですから。
でも、日々の中で、思いついた時にやれる何かを持っていないと、からだへ何も行わないという時間を過ごすことになります。 時間の経過と共に、命ある生き物は老いていくのです。 それを今の現実で実感しながら生活していないので、他人事になっているのも事実です。
自身のからだは他人がコントロールできるものではありません。 自身が自分のからだをコントロールできるようにしていかない限り、次第に、思うように動かないからだへと進むのではないでしょうか。
自分自身を鍛えて、病気もケガも回避できるというものではありません。 精子と卵子がくっついた時点から、細胞分裂して、骨格、筋肉、内臓、細胞等が生成されて、生れ落ちます。 自分が勝手に作った自分ではありません。 でも、成長している過程で、「これは私」と、意識できるようになっています。
でも、「これは私」と言いつつも、生活には不自由しないからだ。 でも、いざ、スキーだピラティスだで、「ここをこうやって動かしてみて」となると、思うように動かないからだを初めて知ることになる・・・。 という現実もあるのです。
思うように動かしているようで、動かせていないのが「これは私です」という、自身のからだです。
年を重ねて、走ることも跳ぶことも次第に行わなくなってきます。 そして何時の間にかそれらは無理なことに気づく年代になります。 でも、人間の機能としたら、二足で立ち座り、歩いて、走って、跳ぶこともできるからだ。 であった方が良いと思いませんか?
そうである為には、自分に何が必要なのだろうか。 って、少なくとも自身のからだへ目を向けて感じていくことはとても大事なのではと思うのです。
私は、膝を痛めて、過去には走ることは達者だった自分が、走りを封印して、かれこれ10年近くは走ることをしないで過ごしました。 それから、最近、もしかしたら走れるかも? と、速度を抑えてジョギングしたら、下半身と上半身のちぐはぐにショックでした(笑) 膝は痛くならなかったので、「これからは走らなくては・・・」と痛感したことがありました。 それ以来、走ることを気に留めながら、トランポリンも併せて、自分にとっての有酸素運動として取り入れることにしています。
しっかりトレーニングを行っている方にとっては、私の日々のコツコツはトレーニングとは言えないと、思う方もいらっしゃるかも知れません。 只、1カ月をトータルした時間や回数を数日で行えるかと言ったら、絶対に無理なことです。 やる気も起きません。
日々の中で有酸素運動は30分以内でOKにしよう。 サンドバッグ担いでスクワットは20sなら10回、5sなら20回でOKにしよう。 プランクも1分でOK!
というような自分にとって都合よいそれらをコツコツと日々の中で、「よしやろう!」という気持ちになった時に行う
この気持ちと共に行える、日々のコツコツの何かがとても大事だと思うのです。
私自身、長時間のからだ動かしはうんざりで嫌なのです。 そういうタイプの人間。 なので、パワーリフティング世界チャンピオンの沖浦克治氏に人生初のスクワットを教えて貰った時の沖浦氏の考えがスット〜ンと入ったのです。
「疲れないことを行う」
それで良いのです。 それなら、毎日続けられます。 トレーニングの為に1時間も時間を費やす必要がないのです。
そんな考えで行えた1月と2月の自分トレーニング。 カレンダーに行ったことを記載して、まとめただけです。 一目でこれを見ると、凄いと感じるのかも知れませんが、日々の中で、大した時間を費やしている訳ではありません。 最長でも30分。 有酸素運動です。 スクワットなど、3分も掛けてないです。 3分スクワット時点で無理でしょうから。

 「短時間でも良いし、回数多くなくてよい」 と思うようになって 驚くほど続いている 自分トレーニング!
過去の私は、こんな自分トレーニングやる人間じゃなかった・・・です
みなさんも、自身のからだに目を向けて、何が不足しているのか見つけ出し、それを補えるような、日々のコツコツを求めてみて下さい。 これから先、若返るということは不可能なのですから。
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