Ski & Pilates & 猫 大好き 【佐藤智子】ブログ

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***** 佐 藤 著 書 *****
最新著書Let's Ski スキーの(文芸社2011/01)

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...... 2014年05月02日 の日記 ......
■ 過去があるから今がある。   [ NO. 2014050201-1 ]
今日は、アイルトン・セナが亡くなって20年の日なのだと。
私はF1の猛烈なファンと言う訳ではなかったのですが、当時は、「この人を知らない人はいないのじゃないか?!」って位、彼はメジャーでした。
それにカッコ良かった!!!
そういう私、訃報はとても悲しかった(と思うのです。 当時の記憶が薄いのではっきりとは言い切れないのです・・・)
そして、当時、出版されたセナの写真集を躊躇なく購入しました。
今も手元にあります。
本棚の中ですけど。

20年が経つのですか。
20年前の私は、技選も出れば最後の成績になっていた頃です。
「もうやめれば」とも言われたこともあります。
それだけ、続々と世界を渡り歩いたアルペンレーサーが介入してきた時代。
高校迄の競技で、しかもインターハイで30〜40番台の私が、世界を渡り歩いたレーサー達に太刀打ち出来るレベルではない訳です。

でも、技選をその頃で、15年出場してきた年数だけは勝てた!
し、その年数の学びは強さでもありました。
その年数があったことで、自分の中では自信を持てたのだと思います。
デモ戦は譲ることはなかったです。

なんてね。
でも「終わりかな」って思ったものです。
ま、それも、辿った道で、良き経験となり、財産となったスキーです。



過去の経歴、やはり、それは貴重な財産ですよね。
それがあるからこそ、今があると言えるのですから。
技術分析が可能になったのは、基礎スキーの世界を知ったからです。
その頃、私の周りは、全てが技術者だったと言えます。
「それに遅れをとってはならない」と、必死でした。

上を見ても、同じ年代、下の年代を見ても、皆が技術分析が完璧なスキーヤーが勢揃いでした。
それは私の刺激剤になり、目標にもなっていたのです。
だから、スキー雑誌の技術物のページを受けるのがとても楽しかった。
(今は基礎界ブーム外の技術を引っさげているので、蚊帳の外状態ですけど・・・)


アイルトン・セナの命日の今日、私の記憶も20年前を辿った今日となりました。



入広瀬のサクラも散りました。
我が家の近所の神社。
そこのサクラがお寺の道路の窪みに集まって(雨の後)、こ〜んな状態に!!!

サクラは開花から散った後までも楽しませてくれる優れた木ですよね。
本当に最後の最後までサクラのピンクの花は綺麗でした!!!

DSCF3764.jpg
散ってもサクラです!




明日から連休ですね。
お天気は良さそうな感じです。
魚沼大原スキー場でのスキーもこの4日間で終了です。
凸凹コースも第ニゲレンデに造るようになります。
天気が良さそうなので暑さ対策と、日焼け対策を万全に挑みたい最終スキーですね。

月山は虫よけスプレーと虫刺され軟膏を持参します!



そうそう、冬季間閉鎖していた、入広瀬と福島県只見町の県境のR252が開通しました。
本格春到来の県境の峠道となります。

そこから月山も行けるのですが、山道だし・・・。
やっぱ、R290〜R113で、ソチ五輪銀メダリストのボーダー平野選手が小さい頃から練習ラウンドにしていた小国スキー場の麓を通り過ぎて向かいます。
その平野選手、小さい頃にはよく奥只見丸山スキー場へも行って、山頂のあのパークを良く飛んでいたと言っていましたよ〜!
でも、あんまり、奥只見丸山スキー場とは聞かなかったので、「此処にも来ていたんだ!!!」と、私は驚いちゃいました!!!

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