TVで「開催中」と、報道されていました。 母が「見てみたいね」と言うので、雨の合間の晴れた19日に出掛けてきました。
我が家からはR290を走って、栃尾〜村松〜月岡〜新発田市〜R7の下道を走って、村上市へ。 約135km 3時間。
全く分からないので、観光協会へと思いながら、市役所が先に案内で出たので、市役所目掛けました。 そこで、チラシを手にして、少しお伺いしました。
「おしゃぎり会館」が近くにあったので、「見た事無いから行ってみよう」という事で、おしゃぎり会館へ向かいました。



 | 屏風まつりのチラシ 歴史ある城下町村上市です
初めて見る おしゃぎりと村上市の歴史 天皇皇后両陛下のご成婚の写真等も おしゃぎり会館にて |
村上市 屏風まつり アルバム ↑↑↑クリック↑↑↑ で、アルバムを開いて、天皇皇后両陛下の御成婚時のお写真や歴史や屏風を御覧下さい。
会館で驚いたのは、戦国時代の頃から、村上城主が、織田信長公(天正五年 1577年 かれこれ448年前)、伊達政宗公(天正十五年の頃 1587年 かれこれ438年前)、武田信玄公(永禄十一年 1568年 かれこれ457年前)と言う、歴史の名の知れた武将からの書状を受け取ってやり取りしていたという!!! それは驚きでした。 凄い歴史です。
約五百年前の出来事が今知る事が出来るのですが、そういう物をキチンと保存出来ているから知る事が出来る訳で、それ自体も凄い事だと思わずにはいられません。
人間の進化も、数百年、数千年、万年という時間の経過で、ありうるとのことらしいです。 不要な細胞はDNAから消滅して、必要な物は生かされていくとの事。 類人猿から人に変わったのも進化です。 凄い進化です。
500年という年月は、武将から今の自分達へ変わりました。 この先500年で、今の人間からどんな人間に変わっているのでしょうね···。 そんな答えが分からない想像をしてしまいますけど。
そんな想像を巡らせてくれた、おしゃぎり会館の村上市の歴史でした。
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会館を後にして、城下町を巡って参りました。 体育館の駐車スペースを利用させて貰いました。
私の地図の読みがズレてて、母には遠回りさせてしまいましたが、結果オーライだったとも言えるのかもと。
長井町と言う町内の「Q冨士美園」と言うお茶屋さんへ。 お昼過ぎていたので、近くのスーパーでおにぎり買って、お見せ前のお休み処で食べさせて貰いました。
中に入る時、「屏風まつりで屏風を見させて貰いに来ました」と言うと、お店の方はWelcomeで、快くお迎え下さり、尚も、冷茶をおもてなし下さるというお迎えでした。 驚き。
そこを最初に 上町 S田村酒店 店先に村上市名物の塩引き鮭がぶら下がっていたので、カシャリと。 大町 ㉑池田屋 堆朱工芸店では、堆朱(高級品)ストラップを買いました! ss㉒益甚酒店〜㉓きっかわ(塩引き鮭を作ってました)〜㉔嘉門亭〜㉕旧渡辺家〜㉖早撰堂〜 小町 ㉞うおや 鰊の昆布巻き、棒鱈煮を買いました。
私達はそこ迄で戻りました。 戻り道中で、閻魔大王堂でお参りと護摩札にお願い事を記載して、お団子屋で串団子を買って、帰リました。
帰路は、海沿いを走る事に。
初めて知った、道中にあった「塩の湯♨」。 入館料が驚きの安さ! 65歳以上は300円!
塩の湯だけあって、浴槽の湯はしょっぱくて、浮力がありました。
こういう♨が近くにあったら、利用しないってならないでしょうね! からだに良さそうと思いながら、ゆったりさせて貰えました。
気持ち良かったです。
海沿いを走って、山道走るより、約15km遠回りでした。 でも、山ん中に居ると、海など非日常ですから、目が、心が大きく広がった、日本海でした。 どれ位振りで日本海沿いを走ったことやら!




 | Q冨士美園の「山岡鉄舟の書」と言う屏風 と S田村酒店前の塩引き鮭 ㉑池田屋堆朱工芸店で買った堆朱ストラップ ㉓きっかわの塩引き鮭s圧巻でした! |



| 日本海 岩船港近くにて
月岡エリア超えた頃には 陽も沈む頃になりました |
無事帰宅は19:20の頃となりました。 なんだか心がユッタリとしながらも、興奮の村上市の歴史と屏風まつりでした。 体験するというのはとても良いことですね。
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